渋谷の街
ハロウィン
ニュースを見ると渋谷にはたくさんの若者があふれていたようだ
地方に住む者は誰しも、東京と言う響きにあこがれ
上京を目指す事があるだろう
俺もそんな一人なのか、まだ20代のころ東京に住んでいた経験がある。
あこがれたわけではないが、まだ夜の街でプラプラしている頃に知り合った女性
から久しぶりに連絡があり、(私今東京にいるの、こっちに来ない?)
まるで飯にでも誘うかのように簡単に言うのだ。
しかし俺は即断し、その月にはもうカバン1つで東京にいた。
住むところは決めていた、その女性に家に転がり込むのである。
目黒の環7沿いの高層だった、広めの1ルームで家賃が15万円以上もした。
驚いたが、彼女はこれでも安い方だと言う。
たしかにバルコニーから遠くに見える新宿の高層ビル街がキレイだった。
彼女は芸能事務所に所属しており、昼は芸能関係の仕事、夜は六本木で働いていた
キラキラと輝いており、女性の美しさと、したたかさを存分に発揮して生きていた。
かくいう俺はうだつが上がらず、時折、彼女の紹介で芸能関係のまねごとをしていたが、基本はバイトバイトの毎日である、昼も夜もバイトである、居酒屋、クラブの黒服、施設の警備会社、なんでもやった。
物価が高く、稼いでも稼いでも金はない、何ももたない若者に資本主義は一切容赦ない。
金がなく、シケモクを吸い、毎日靴をすり減らし、白米に塩をかけて食べていた、食い逃げだってやったし、ここに書けない事もやった、 食うためだった。
芸能人や関係者と派手な生活をしている彼女と、俺の生活は違いすぎた、彼女の華々しい話が自慢にしか聞こえなく、よくケンカになり会いたくはなかった。
町には笑顔の人々や高級車が走り、自分は負けた気がしてとてもミジメな気持ちになる
毎日金がない恐怖と、飢える恐怖との戦いで夢どころではない
毎日極貧生活を送っていると、体に変化が訪れる、体に力が入らず、駅の階段ごときでフラフラするのだ、そんなギリギリの時にバイト先の先輩がたまたま焼肉をおごってくれた。
肉をガツガツと体内へ放り込むと、ドクドクと血がみなぎってくるのがわかる
正直限界だった、 肉の旨さと、肉にありつけた嬉しさとで自然と涙が出てくる
今でも忘れられない、感謝している。
助けを求める友達もおらず、親もいない、家も車もない、自分自身で生きるしかないのだ
人生はひどく現実的で、容赦のないもの。
しかし、ひたむきに頑張っていれば報われる事もある事。
他にもさまざまな経験を東京は俺にさせてくれた
まだ若い時に貴重な体験ができた事を今はアリガタイと思う。
人生これからだ、まだたくさん体験が待っている、明日の為に今を生きようと思う。
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